お釈迦様の求めた真理や知恵は、「苦しみや不安は、どうして生まれるのか、何故人は苦しむのか?どうすればそれを解決できるのか」と言う問い掛けから、生まれています。
おしゃかさまの一生を辿りながら、仏教の求めている知恵を一緒に考えましょう。
お釈迦様の誕生
釈尊(お釈迦様)は、カピラバストゥを都とするシャキャ族の王子として生まれたまし。父をシュッドーダナ(浄飯)王、母はマーヤー(摩耶)と言いました。
白い象が右脇腹より胎内に入る夢を見た母マーヤーは、懐妊を知りました。月が満ちたころ出産のために故郷のデーバダッハへ向かう途中、花の咲き誇るルンビニーの花園でお釈迦様は誕生されました。このとき天は喜ばれ甘露の雨をお降らしになったと言われます。その時、褥から下りた釈尊は、七歩進み、「天上天下唯我独尊」と、自らの誕生の偈を唱えられたます。
ルンビニーは、インドの国境に近いネパール南部の村で、後に、インドのアショカ王が「釈迦ムニ誕生の地」としてこの地に石柱をたて、この地にかけられていた租税を免除したのです。仏教の四大聖地でした。
アシタ仙人の予言
誕生の後、カピラバストゥの王宮に迎え入れられたお釈迦様は、子供に恵まれていなかった父の浄飯王にひどく喜ばれ、シッダールタ(目的を成就するもの)と命名されました。
喜びの宴席に呼ばれた婆羅門の学者アシタは、王子を見て涙をながしながら、「この子は出家すれば一切の智恵を証する仏となり、もし在家に過ごせば天下を治める転輪聖王となる。」であろうと予言し、年老いた自分がその姿を見えないことを悲しんだと言います。
しかし、不幸にも生母のマーヤーは釈尊誕生後7日で死去されました。
少年期
幼いころの釈尊は何不自由のない生活を送っていたと経には記されています。「庭のそこかしこに色とりどりの蓮が植えられ、上質の栴檀の香だけが常に釈尊のために焚かれ、白い傘蓋が強い日差しや露から釈尊を守るために使われていた。」
やがて、王族としての教養であるヴエーダや学問伎芸を習うと、聰明で思慮に満ちた釈尊は卓抜した才を発揮されていました。そんなある日、農夫が畑を鋤で耕すのを眺めている時、小鳥が掘り返された土中の虫をエサとして啄み、その鳥を今度はもっと大きな猛禽が鋭い爪で襲うのを目にして、弱肉強食の凄まじいこの世の現実の姿を見て、心を痛められたと言います。
釈尊伝には「人間は、他人が老いてゆき、病に苦しみ、そして死んでいく姿にもただ顔を背ける。自分にはそれが関わりのないこととして気に留めず、自分も同じようにこの苦しみを受けることを痛切に感じようとしない。私は、他人が老い衰え、病に苦しみ、死にゆく姿を観察したとき、自分の若さや裕福さや、生命に対する驕りの心は、たちまち消え失せてしまう。」
四門出遊
成人された釈迦牟尼は、ある時、東の城門を出ると年老いて人の助け無しには身動きもままならない老人を見られました。
そして次の日に、南の門を出た釈迦牟尼は、今にも行きを引き取りそうな病人が苦しみ、死を怖れる姿を見たのです。
暫くして、西の門を出た釈迦牟尼は火葬場に向かう死人の葬列に出会いました。
さして北の門を出た日の釈迦牟尼は、全てを放棄し、この世の煩いを離れた出家者に出会くれました。この頃から出家を真剣に考え始めたと言われます。
そして遂に、29才の時に、釈迦牟尼は出家を決意されましたが、父王は世俗の歓楽を尽くして思い止まらせようとしました。しかし、伎女たちの眠りこける乱れた姿を見ながら、ふと女たちの貪る心をその姿の奥に感じ、嫌悪をして、住み慣れた城を飛び出されました。
愛馬カンタカを駆り、従者のチャンダ唯一人を連れ、カピラバストゥの郊外の河のほとりで見に纏った全てのものを従者に手渡し、剣をもって自らの髻を断ち切ったのです。そして、名残を惜しんでやまない従者に出家の目的を達成し正しい覚りを得るまでは帰国しないと言い残して、出家の生活を始めました。
外道の師
まず始めに、アーラーダという修業者のもとで禅を学ばれました。
その教えは「無所有処」つまり、何物にも執着せず、欲望を捨て去った境地にはいれば理想を達成できる、と言うことです。
しかし、難無くその法を達成したお釈迦様は間も無く、彼の元を去りました。
次に、ウドラカ・ラーマプトラと言う修業者のもとで「非想非非想処」つまり精神作用(自我意識)があるのでも、無いのでもない境地に入ることを教えられました。しかし、その法を達成したのちここも去ってしまいます。それらの教えが、真に自分の心の問題を解決しないことを知ったからでした。
一人で修業
釈迦牟尼は尼連禅河のほとりで一人で修業を始められました。何年も瞑想を続け、自分の肉体を極限までに責められました。
食欲も生存の欲も、あらゆる欲を否定し、死を賭した修業を続けた後、皮膚は死人のようになっていたと経に記されています。
そして、激しい飢餓や恐怖、諸々の欲望と悪趣と闘い、遂に苦行が理想到達の真の未知でないことを知られたのです。
仏陀
(目覚めた者) となる。
そして遂に、人間の苦悩からの解放を得られたのでした。
釈尊の悟りの内容は、「諸行無常」「諸法無我」「一切皆苦」と言う真理でした。
苦そのものは人間の限りない欲望である渇きに似た愛がその原因であり、
この渇きが原因となって苦が生じ
この渇きを滅することによって、苦を克服できる。
という縁起の理りを悟り、正覚を得られました。
四諦
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● 人間存在の苦悩 |
(苦) |
|
● 苦の生起する原因 |
(集) |
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● 苦の克服 |
(滅) |
|
● 苦の克服にいたる道 |
(道) |