真言密教の伝来。

 遣唐船に乗った空海 (弘法大師) は、(804)年に、暴風雨に流されながらやっとの思いで、唐の都の長安に辿り着きました。
 そして都の長安で、幸運にも青龍寺に数千人の弟子を持つ、恵果阿闍梨から密教を伝授されました。

 不思議なことに、唐の皇帝たち(代宗・徳宗・順宗)から尊崇され、

三朝の国師と称されていた恵果和尚は、

初めて会った空海 (弘法大師) を見るや・・・

「我汝の来るを知り、待つこと久し。
今日相見えて大いに好し。」

  と、唐突に告げられたので、空海は大変驚いたと記されています。  

 インドで生まれた真言密教の教えが、中国に伝わり、そして大師に伝えられるまでに、現われた偉大な阿闍利と密教の歴史を、学び密教を学びます。

 

大日経・金剛頂経の成立

 大日経は、中インド地方で成立し、唐の時代七一六年に長安に来た善無為によって漢訳されました。金剛頂経は大日経より少し遅れて成立し、中インドの金剛智と弟子の不空により、中国に伝えられ翻訳されたのです。

1、龍猛菩薩 

南インドの鉄塔の中に入って、金剛頂経を授かった龍猛菩薩は南インドに誕生し、仏の教えを全インドにひろめました。

 龍猛菩薩は若いとき邪道を習い、欲望が苦のもとであることをさとり、欲愛を捨離して、ヒマラヤ山中に行き、出家した。そしてあらゆる教えを受けて記憶したと言われます。そして南インドの鉄塔の中に入り、親しく金剛サッタから灌頂を授かり、秘密にして最上なる曼荼羅の教えを受け、現世に伝えた。

 

 

2.龍智阿闍梨

龍猛菩薩から密経を伝授された高弟で、修行の結果、高い境地(十地)に達し、その不可思議な力は想像もできないと言われる。徳は全インドにあまねく、名声は十万に聞こえた。超自然的能力をもって天に昇ることも地に潜ることも自由自在であった。

 

 3. 金剛智以下の八人の阿闍梨耶のページへつづく

 

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