密教と顕教(それ以外の仏教)の違い 

「密教」

悟りの境地を直接説き明かした」深い教えである。

「顕教」

悟りの境地を言葉で表わすのは不可能である。「悟りへ至る過程を示す」。

 

    つまり「迷いを除く道」を顕教は示し、密教は、「迷いを去った後の、真理の悟りの世界、そのもの」を説いている。

 

 

真言密教の特徴

 

1.即身成仏

 悟りを得る能力を、全ての衆生(私たち)が、持っていると、弘法大師は説かれます。

 修業すれば、お釈迦様のように必ず、この生きた体のままに悟れます。生きているままに悟りを得ることを「即身成仏」と言います。ただ私たちは、本来持っている悟りの種を、自分自心の迷いによって、隠しているだけなのです。私たちは、その無明のため、その真実の相を知ることができず、苦しみや、焦り、悩みの中に沈んでいるのです。

 弘法大師は、「万燈供養の文」 に次のように説かれています。「衆生が心に本来もつ仏となりうる種よ、無明のものをとり去らせたまえ。」

 

2.法身説法

 森羅万象の働きの中に、宇宙の大生命とも言える「大日如来の慈悲」の営みがあると弘法大師は教えられます。

 その慈悲の働きこそは、菩提樹の下で修業したお釈迦さまや、私たちに仏の真理を悟らせようと働きかけている、と説かれます。この働きを「法身説法」と言います。

 

3.如実知自心

 あるがままに自らの心を観る

 全ての存在を在るがままに見て、世の中の実相 (本当の姿) を知ろうとすることが、真言宗の修業であるのです。

 真言密教の根本経典である「大日経」の中には、「悟りとは、あるがままに自らの心を知ることである。」と説かれています。

「在るがままに、全ての存在をとらえ、自分の心も在るがままに見つめることから真理を観ることは始まります。」これを如実知自心と言います。

4.三密の加持

仏様と感応する力を加持力と言います。その力について、大師はこのように言われました。

 「仏日の影、衆生の信水に現ずるを加と言い、

 行者の心水、よく仏日を感ずるを持と名づく。

 行者もしよくこの理趣を観念すれば、三密相応するがゆえに、

 現身に即疾に本有の三身を顕現し証得する。」

強い太陽の光が水に映るように、み仏の力が行者の心に現れるのを「加」と言い、修行者が心に、その光を感じ 取ることを「持」と言う。この奥深い真理を良く理解し、行に精進すれば、仏の三密と行者の三密が相応して、 我々の持っている仏の三つの姿の-仏としての境地を得る。このことを真言の行者はいつも心に留めています。

 

最初のページへ